HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
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大体、冒険者に寄らずとも、所属者に問題がなければ、
人は多いほうが仕事が分担され、楽になるのが一般的である。
家事にしても、机上業務にしても、任せられる相手がいるのは幸せだ。
個人ギルドの一つ、ZempことZekeZeroHampには、
料理スキルが高く、その腕を仲間のために活用することを、
苦にしない魔術師が所属している。
おかげでメンバーは毎朝晩の食事の支度から解放され、
且つ、美味しい自家製おやつまで食べられるという幸運を日々享受していた。
が、彼女がいなければ、
それらの特典は一気になくなる。
一般的標準に戻るだけだとしても、
贅沢に慣れ切った生活を改めるのは非常に苦痛を伴う。
かくして、友人の帰郷によりメンバーから発生した、
「おやつがない!」コールを払拭するため、
瀬戸紅玲は台所に立つ羽目に陥った。
おやつぐらい、買ってくるなりなんなり、
自分で何とかしろとは思うが、
言って大人しく従う連中ばかりではなく、
放置しておくと台所を漁る輩が出るに決まっていた。
買い置きのお菓子が全滅するのも宜しくないが、
野菜スティック代わりに人参がぼりぼりされるのは、
出来るだけ回避したい。
晩のおかずの材料が足らない時点で困るのに、
ギルドに居候中な自分の魔術の師匠、
カオスが犯人に混ざっているとくれば猶更である。
紅玲は料理が好きではないが、
ああ見えて、魔王の中の魔王でもあるカオスが、
クッキーの一枚や二枚、焼く程度で大人しくなるなら、
体面的にも、対価的にも安いものである。
材料を計って混ぜて伸ばし、型抜きが終われば後は焼くだけで、
程なく部屋中に甘い香りが満ちると、
引き寄せられたようにメンバーの多数が居間に集まった。
彼らは焼きあがったクッキーをさっそく試食したがったが、
食事の時間に差し掛かっており、
焼きあがったばかりのクッキーは熱く、火傷をされても面倒である。
3時のおやつまで触るなと追い払い、昼食を作っているところに、
カオスが幼い娘、キィと、喋るぬいぐるみのルーを引き連れて帰ってきた。
「くっきー!」
「駄目だよ、きいたん。まずはちゃんとご飯食べて、
おやつの時間になってからね。」
大声で焼き菓子を指さした小さい人に、
即行で注意をして、手を洗ってくるように言いつける。
外出から戻ったら、うがい手洗いが第一だ。
「そうだよ! きいたん、早く手を洗って!」
わんわん吠えるルーに追い立てられて、
とっとこ洗面所に向かう幼児を見送る紅玲に、
カオスが可笑しそうに言った。
「珍しいな、お前がおかし作るなんて。」
「ユーリさんが戻るまで待つには、
うちは大きなネズミの数が多すぎますからね。」
特にあんただと正面切って言い放つ弟子に、
ますますカオスは笑い、違いないと頷いた。
「まあ、いいじゃねえか。
偶には作らないと料理の腕も鈍るだろ。」
「別に鈍ったって困りません。
それより、早く師匠も手を洗ってきて、
ご飯作るの手伝ってくださいよ。」
大したものを作らなくても人数が多い分、
量が必要なだけ手間がかかる。
無駄口をたたく暇があるなら手伝え。
尤もではあるが態度のでかい弟子に、
同じく調理が好きではない師匠は、目を細めて遠くを見やった。
「何故人は、一日三食喰わねばならんのだろうな?」
「駄目ですよ、師匠。
ほっとくと平気で食事抜くんだから。
不規則な食生活は体に悪いし、かえって太るんですからね!」
カオスは出せばいくらでも食べるが、なければ食べないという、
あまり己を大事にしているとは言い難い節がある。
母親のように口煩く叱ってくる紅玲を嫌そうに眺め、カオスはため息をついた。
「わかってるよ。
全くメルみたいなこと言いやがって。
てか、お前だって似たようなもんだろ。」
「自分のことは棚上げするもんです。
嫌だったら、飼い犬と弟子、
双方に同じことを言われるような己が生活態度を改めてください。」
ああいえばこういうのは紅玲の得意技であり、師匠直伝である。
当然カオスが黙るはずがない。
「生活態度を改めろとか、お前にこそ言われたくない!
何回、打っ倒れりゃ気がすむんだ!
鉄火、鉄火! お前も嫁になんか言ってやれ!」
「煩えよ…」
「嫁じゃないし! 勝手なこと言うなし!」
居間で新聞を読んでいた紅玲の元カレ、鉄火を巻き込み、
途中で洗面所から戻ってきたキィとルーを顧みることもせず、
師弟は言い争った。
どうでもいい言い争いをする大人たちを、
幼児はジツと見つめていたが、
その興味が自分に向いていないことを確認すると、
冷ましていたクッキーに手を伸ばした。
「あ、駄目だよ、きいたん!」
気づいた紅玲が止めるが、すでに遅く、
幼児はクッキーをつかんでソファの裏まで逃げて行った。
「こら、きいたん! 駄目って言ったでしょ!
お昼前にお菓子食べたら、ご飯食べられなくなっちゃうじゃない!」
キィはこの年の子にしては賢い。
悪いことをしている自覚はあるらしく、
そそくさとクッキーを食べてしまうと、
ひょこっとソファの影から顔を出し、とぼけた調子で、こういった。
「きいたんは、たべこだから、むずかちいことはわからんよー」
たべことは食べて寝るだけの子の略、
要は赤ん坊のことを指す家庭内専門用語だが、そんなことより、
その口調と台詞が、如何にもメンバーの誰かが言いそうなものであったため、
紅玲もカオスも、ついでに鉄火も思わず黙り込んだ。
「…誰だ、誰のせいだ。」
「間違いなく、師匠の影響が一番大きいですからね。」
「この父にして、この娘あり、か。」
ちょっと想定外の事態にカオスは額を抑え、
紅玲と鉄火は冷たい視線を彼に送った。
子供は分かっていないようでも周囲の様子をよく見ており、
色々なことを吸収している。
そしてまた、大人たちが事態の把握に気を取られている中を素早く通り抜け、
ルーがクッキーを一つ、咥えて逃げる。
「あ、ルーまで!」
「こら、ルー! お前はクッキー食べないだろ!」
紅玲とカオス、双方に咎められたぬいぐるみは、
ササっと戦利品をキィに渡すと、
飼い主そっくりの調子でこう言った。
「ルーは、わんこだから、難しいことは分からんよ。」
そのまま、幸せそうにキィは2枚目のクッキーを平らげ、
ルーは満足げにそれを見守った。
「なんて奴らだ。」
いつの間にこんな悪いことを覚えたと紅玲は唸り、
テレビを見ながら様子をうかがっていた新米騎士のポールも、
黙っていられなくなって、ルーを注意する。
「駄目だよ、ルー、そんなことしちゃ。」
しかし、ぬいぐるみは反省する様子もなく、
鼻を高くして、これ見よがしに大人たちを見やり、
わざとらしく素知らぬ顔をした。
その態度に、かちりと何かのスイッチが入る。
最初に動いたのはカオスだった。
「まったくルーときたら。
師匠も、もっとちゃんと怒ってくださいよ。」
文句を言う紅玲の要望に応えず、黙ってクッキーをかすめ取り、
口の中に放り込む。
「あ、ちょっと、何ですか、師匠まで!
ご飯前だって言ってるでしょ!」
当然怒られるが、それに応じず、
カオスはクッキーをじゃくじゃく咀嚼しながら、淡々と言った。
「オレは、魔王だから、そういう下々のことは分からんな。」
「何、言ってるんですか、師匠まで…」
突然訳の分からんことを言い始めたカオスに、
呆れて紅玲は肩を落とし、その隙にポールが動く。
「あ、ポール君! 話を聞いてなかったの!?」
自然な動きでクッキーを持ち去るのに、
紅玲は驚きつつも咎めたが、ポールは無表情でこう答えた。
「オレは、新米だから、難しいことは分かりません。」
普段、ポールは尊敬する先輩として紅玲を敬い、
その言葉に背くことはない。
にも拘らず、この態度。
一体、何が起こり始めたのかと戸惑う紅玲の前で、
今度は彼女と付き合いの長い、
ヒゲとジョーカーがそろって立ち上がった。
やはりクッキーを一枚ずつ、
堂々と持っていく彼らに、紅玲は一先ず、声をかける。
「ヒゲ氏、ジョカさん、駄目って言ってるんだけど?」
「ワシは、変態だから、そういう常識は分からんな。」
「ボクも、ラブハンターだから、専門外です。」
そのあとは、大体同じであった。
「千晴?」
「ボクは、マザコンだから、難しいことはわからんお。」
「あっちゃん?」
「わいは、ぶきっちょだから、細かいことは分からんわ。」
「ユッシン?」
「うちも、マイペースなんで、そういうことは分かんないな。」
「…ノエルさん?」
「おおおお、俺は、えっと、ええと、お人よしだから、分かんない!」
彼らは似たようなセリフを吐き、クッキーを持っていった。
それ以外のことを誰も口にしなかったが、
取ったものはどうだと言わんばかりの顔で戻り、
言葉にせずとも、周囲が其々反応を示したことから、
紅玲にも大体のことが把握できた。
敦がクッキーを二枚取った際、
場が一瞬どよめいたことからも間違いなかろう。
『嫌なら、やらなきゃいいのに。』
若干半泣きだったノエルが戻るのを見送って、
紅玲は溜息をついた。
さて、次はどいつだ。
まだ、順番の回っていないアルファと祀、スタンがお互いの様子をうかがう中、
動いたのはフェイヤーだった。
半ば呆然と佇む自分の様子にまだ大丈夫と判断したのか、
軽い調子でクッキーを取ったギルドマスターに、紅玲は仕方なく声をかける。
「フェイさん、駄目って言ってるんですけど?」
「僕は、ギルマスだから、わかんないな!」
マスターが駄目って言われてることやったら駄目だろ。
苦笑を浮かべ、穏やかに紅玲は指摘した。
「どちらかと言えば、酔っ払いだからじゃないですか?」
「あはは、そうかもね。」
「ははは、まあ、いいですよ何でも。」
完全に油断して暢気に笑うフェイヤーと一緒に紅玲も笑った。
そう、理由はどうでもいい。
だが、自分を相手に愚行を冒したつけは払ってもらう。
それまでの力ない態度からは想像もできないほど素早く、
攻撃的な動きで、紅玲はフェイヤーの頭をつかんだ。
「分からんなら分からせてやるわ、ゴラァ!!」
「ゴフウッ!!!」
そのまま一気に膝蹴りを叩き込み、
続けて拳の連打に入った彼女に、周囲が騒然となる。
「引いた! フェイさんがババ引いた!」
「あー やっぱり、そろそろだと思った。」
「ごごごごご、ごめんなさいいいいいっ…!!」
「やめてクーさん! 顔はやめてあげて!!」
それまでの無言を巻き返すような喧騒の嵐となり、
喚き散らす仲間たちを眺め、
まとめ役の一人、クルトは静かに鉄火に問うた。
「何故、彼らは一文の得もないのに、
このような度胸試しを行うのだろうか?」
「それはこの世にロシアンルーレット、ジェンガ、
チキンレース、黒ひげ危機一髪が存在するのと同じ理由だ。」
当ギルドに係わらず、世の中には馬鹿が多い。
クルトはただ肩を落とし、鉄火も黙って新聞をめくった。